1983年夏の北イタリアを舞台に、17歳のエリオと24歳のオリヴァーのひと夏の恋を描いた『君の名前で僕を呼んで』。
結論からお伝えすると、本作は「美しいラブストーリー」という評価の裏に、桃・ハエ・色彩・古代ギリシャなど無数の象徴が仕込まれた“考察しがいのある映画”なんです。
一度観ただけでは拾いきれない仕掛けが多すぎて、実は何度も観返すほど味が深くなる一本なんですよね。
この記事でわかることはこちら↓
- 未鑑賞の方向けのネタバレなしあらすじ
- ネタバレありの結末まで完全解説
- 観た人のレビューと賛否両論の整理
- タイトル・桃・ハエ・ラストの涙の考察
- 原作小説と続編『Find Me』で描かれる20年後
それでは順番に見ていきましょう♪
『君の名前で僕を呼んで』とは|作品基本情報
まずは本作の基本情報をサクッと押さえておきましょう。
2017年製作のイタリア・フランス・ブラジル・アメリカ合作映画で、第90回アカデミー賞脚色賞を受賞した名作です。
基本情報早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | Call Me by Your Name |
| 監督 | ルカ・グァダニーノ |
| 脚本(脚色) | ジェームズ・アイヴォリー |
| 原作 | アンドレ・アシマン『Call Me by Your Name』(2007) |
| 主演 | ティモシー・シャラメ/アーミー・ハマー |
| 共演 | マイケル・スタールバーグ/アミラ・カサール |
| 製作国 | イタリア・フランス・ブラジル・アメリカ |
| 上映時間 | 132分 |
| 日本公開 | 2018年4月27日 |
| 主な受賞 | 第90回アカデミー賞 脚色賞 |
| 配給 | ファントム・フィルム |
脚本を手がけたのは、LGBT映画の金字塔『モーリス』の監督としても知られるジェームズ・アイヴォリー。
監督のルカ・グァダニーノは、その後『サスペリア』(2018)や『ボーンズ アンド オール』(2022)でも話題を集めているイタリア出身の俊英なんですよね。
あらすじを一言で言うと?
ものすごくざっくり言うと、「北イタリアの別荘で過ごす17歳の少年が、夏だけやってきた24歳の大学院生に恋をして、ひと夏を経て大人になる物語」です。
原題の「Call Me by Your Name」は、作中でオリヴァーがエリオに囁く印象的なセリフからそのまま取られたもの。
一見シンプルな恋愛映画に見えるんですが、観終わったあとに残る余韻がとにかく深いんですよね。
【ネタバレなし】『君の名前で僕を呼んで』あらすじ
ここからはネタバレなしで、物語のスタート地点だけをお伝えします。
まだ観ていない方は、ぜひこの状態で作品に飛び込んでみてほしい一本なんです。
1983年の夏、17歳のエリオ・パールマンは、北イタリアの避暑地にある両親の別荘で夏を過ごしていました。
エリオの父は美術史・考古学の大学教授で、毎夏ひとりの大学院生をインターンとして家に迎え入れるのが恒例。
その年やってきたのが、アメリカから来た24歳の大学院生オリヴァーです。
自信満々で誰とでもすぐ打ち解けるオリヴァーに、最初エリオは反発を覚えます。
ところが一緒に自転車で街を散策したり、プールで泳いだり、音楽や読書の時間を共有するうちに、いつしかエリオの気持ちは「なんだか気に食わない年上」から「目で追ってしまう人」へと変わっていくんです。
ここから先は結末に関わるので、先に観てから戻ってきてくださいね♪
※ここから先はネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
【ネタバレあり】結末まで完全解説|4幕で追う一夏の物語
ここからは結末まで一気に振り返っていきます。
4つの幕に分けて整理すると、物語の起伏がかなりクリアに見えてくるんですよ。
第1幕:反発から始まる出会い(1983年夏/北イタリア)
舞台は1983年、北イタリアのどこかの避暑地。
17歳のエリオは、読書・作曲・ピアノ・プール・夜のダンスパーティと、知的で自由な夏休みを過ごしていました。
そこへアメリカから大学院生のオリヴァーが到着。
到着早々ベッドに倒れ込んで夕食にも出てこないオリヴァーに、エリオは「自信家で図々しい人」という印象を抱きます。
一方で、2人はガールフレンドと一緒に街へ出かけたり、考古学の発掘現場に同行したりと、自然と行動をともにする時間が増えていくんですよね。
この時期のエリオは、幼なじみのマルシアとも親密になっていて、自分の気持ちの行き先がまだはっきりしていない揺らぎの段階にあります。
第2幕:惹かれ合う二人|真夜中のバルコニー
決定的な瞬間は、エリオがオリヴァーを戦没者慰霊碑まで案内した場面でした。
オリヴァーの前で自分の気持ちを遠回しに打ち明けるエリオ。
「知っておいてほしいことがある」という言葉から始まる、あの有名なシーンです。
それをきっかけに、2人はお互いの気持ちを少しずつ確かめ合っていきます。
そして約束の真夜中、バルコニーを経由してエリオがオリヴァーの部屋を訪ねるんです。
「キスしても?」と問う彼にエリオは「お願い」と応え、二人はキスをします。
その夜、2人はついに結ばれました。
翌日、エリオはオリヴァーが到着した初日に着ていた青いシャツをねだり、肌身離さず着るようになる。
この青シャツ、あとで効いてくるアイテムなので覚えておいてくださいね。
第3幕:「君の名前で僕を呼んで」誓いの夜とベルガモ旅行
結ばれた二人の間で交わされたのが、タイトルにもなっている言葉です。
「君の名前で僕を呼んで、僕の名前で君を呼ぶ」──この提案をしたのはオリヴァーのほうでした。
名前を交換するという、ちょっと不思議で、でもものすごく親密な行為。
これが二人だけの秘密の誓いになっていきます。
そして物語の象徴として語り継がれている「桃のシーン」もこの時期。
詳しい考察は後ほどじっくりやりますね。
別れの日が近づくと、エリオは両親の勧めでオリヴァーのベルガモ出張に同行することになり、2人きりの短い旅行を満喫します。
でも楽しい時間ほど終わりは早いもので、駅のホームで言葉も出せないまま、オリヴァーは列車に乗って去っていくんです。
第4幕:別れ、そして冬の電話|ラスト3分半の長回し
オリヴァーを見送ったエリオは、母親に電話で迎えに来てほしいと頼み、帰りの車の中で涙をこらえられません。
家に戻ったエリオに、父パールマン教授が静かに語りかける場面があります。
ここで出てくるのが、多くの観客が涙した父の名言なんですよね。
時は流れて冬。
クリスマス前のある日、電話が鳴ります。
受話器の向こうからオリヴァーの声。
「結婚するかもしれない」と告げられたエリオは、なんとか平静を装って祝福の言葉を返します。
そして電話の最後に、2人はもう一度お互いの名前でお互いを呼び合うんです。
電話を切ったエリオは暖炉の前に座り込み、静かに涙を流し続けます。
このラストシーンは3分30秒にも及ぶ超長回しでの演技で、エリオ役のティモシー・シャラメがアカデミー主演男優賞にノミネートされる決定打にもなった名場面です。
正直、あの長回しは何度観ても胸が詰まるんですよね。
『君の名前で僕を呼んで』レビュー|観た人の評価と賛否両論
ここからは実際に観た人の評価を見ていきましょう。
結論から言うと、批評家からは絶賛される一方で、一般観客の間では意外と賛否が分かれている作品なんです。
客観的な数字を押さえておくと、Filmarksでは15万件以上のレビューが集まり、平均スコアは★4.0点。
さらにRotten Tomatoesでは366件の評論のうち94%が高評価、平均点は10点満点中8.7点という圧倒的な数字を出しています。
絶賛レビュー|「映像美」「初恋の解像度」「父の名言」に集まる声
肯定派のレビューで特によく挙がるポイントはこのあたり。
- 北イタリアの光と緑を捉えた圧倒的な映像美
- スフィアン・スティーヴンスや坂本龍一を含む音楽の選曲センス
- ティモシー・シャラメの繊細すぎる表情芝居
- 父パールマン教授の語りに涙したという声
- 初恋の「浮かれ」と「苦さ」の解像度の高さ
特にラストの長回しについては「超長回しを情緒たっぷりに乗り切り、暖炉の火にともされる顔の表情で深い感情を語りきった」と評されるなど、演技への賛辞が目立ちます。
「自分の初恋の記憶を揺り起こされた」「観たあと何日も引きずる」という感想が多いのも、この作品の特徴なんですよね。
賛否が分かれるポイント|「退屈」「桃のシーンが生理的に無理」という声
一方で、否定的な意見も一定数あります。
主な声はこんな感じ。
- 事件らしい事件がほとんど起きないので退屈に感じた
- 桃のシーンが生理的に受け付けない
- 年齢差のある同性カップルという設定にモヤモヤした
- 雰囲気映画で、ストーリーの起伏に乏しい
「君の名前で僕を呼んで つまらない」「気持ち悪い」というサジェストが出てくるのは、こうした声が一定数あるからなんですよね。
ただ、退屈に感じるか没入できるかは、作品のテンポに心がどこまで同調できるかに大きく左右されます。
ストーリー重視で観ると肩透かしですが、空気と質感に身を委ねる気持ちで観ると一気に世界が開ける、そんなタイプの作品だと思うんです。
批評家からの批判|なぜエイズ時代の苦しみを描かなかったのか
もう一つ根強い批判があって、それが時代設定の扱いについてです。
「同性愛に対する差別や偏見が描かれていない」「80年代同性愛者を逆境に追い込んだエイズ・パニックをなぜ描かなかったのか」という批判が公開当時から寄せられていました。
実はこの時代設定、意図的に選ばれたものなんです。
原作では1987年の設定だったのを、映画化にあたってエイズが社会問題になる前を描くため1983年に変更されたという経緯があります。
この判断を「現実を直視していない」と批判する人もいれば、「だからこそ描ける純度の高い恋愛があった」と擁護する人もいて、まさに賛否が分かれるポイントなんですよね。
個人的には、あえて社会的な重さを切り離したからこそ、あの光に満ちた別荘の時間が儚く美しく残るんだと思うんです。
【考察①】タイトル「君の名前で僕を呼んで」の本当の意味
ここからは考察パートに入っていきます。
まず最初に紐解きたいのが、タイトルそのものの意味。
「君の名前で僕を呼んで」って、字面だけ見ると結構不思議な言葉ですよね。
セリフの出典|誰が最初に言ったのか
このタイトルは、作中で実際に交わされるセリフがそのまま使われています。
重要なのは、最初に「君の名前で僕を呼んでほしい、僕は僕の名前で君を呼ぶ」とベッドの中で囁いたのは、オリヴァーのほうだという点。
つまり主導権を握ったのは年上のオリヴァーなんです。
最初は距離を取っていた側のオリヴァーが、実は最も深く踏み込んでいた──この構造を知っているかどうかで、物語の見え方が変わってきます。
「半身」になるという誓い|二人が一体化する愛の表現
「君の名前で僕を呼んで、僕の名前で君を呼ぶ」という行為は、単なる言葉遊びじゃありません。
自分の名前を相手に預け、相手の名前を自分が引き受けるというのは、自我の境界を溶かして一体化しようとする行為なんですよね。
ポスターのビジュアルも、2人が重なり合うように配置された構図になっています。
タイトルもポスタービジュアルも、いずれも「二人の唯一無二の一体感」を表現していると読むことができるんです。
タイトルに秘められたオリヴァー側の悲しみ
ここからがちょっと切ない話なんですが。
タイトルを最初に口にしたのはオリヴァーなのに、アメリカに戻ってすぐ、彼は別の女性と婚約することになります。
これだけ聞くと「結局エリオを利用しただけ?」と思ってしまいそうですが、実はその逆なんです。
『君の名前で僕を呼んで』というタイトルは、その裏側に、唯一無二の相手に出会ったにもかかわらず、別れを選ばなければならなかったオリヴァーの悲しみを秘めているという解釈があります。
本気だったからこそ、現実社会では手放さざるを得なかった。
タイトルは愛の告白であると同時に、別れの言葉でもあるんですよね。
この二重構造に気づくと、ラストの電話シーンの重みが全然違って見えてきませんか?
【考察②】象徴モチーフ完全マップ|桃・ハエ・色彩の意味
本作の魅力は、画面の隅々にまで散りばめられた象徴モチーフにあります。
ここでは主要なものを一覧表で整理したあと、重要なものを個別に深掘りしていきますね。
【一覧表】象徴モチーフとその意味
| モチーフ | 登場場面 | 解釈される意味 |
|---|---|---|
| 桃・アプリコット | 果樹園/エリオの自慰シーン | 肉体的欲望/性的覚醒/禁断の実 |
| ハエ | 自慰・キス・ラストの暖炉前など計5場面 | ベルゼブブ(豊穣神)/成熟/余韻 |
| グリーン(緑) | 夏の風景/オリヴァーのシャツ/電話機 | 生命・希望/二人をつなぐ結び目 |
| 雪・冬景色 | ラストのハヌカ祭 | 喪失/色のない世界 |
| 古代ギリシャ彫刻 | 父の研究/湖から引き上げる彫像 | 男性愛が肯定された時代への憧憬 |
| 青いシャツ | オリヴァー初日の服 | エリオのオリヴァーへの執着の証 |
| 十字架・聖堂 | 告白シーンで空を見上げる場面 | キリスト教倫理との距離感 |
こうして並べてみると、本当に細部まで計算されていることが分かるんですよね。
桃のシーンの意味|下品ではなく「抑えきれない純愛」の象徴
物議を醸す例の「桃のシーン」、まずは素直に解釈していきましょう。
エリオが果樹園から持ち帰った桃を使って自慰をするんですが、そこにオリヴァーが入ってきて、なんとその桃を食べようとするんです。
エリオは泣きながらオリヴァーにしがみつく──この流れ、本当に不思議な説得力があります。
この場面について、象徴的な意味として「桃は成熟・甘美さ・官能・儚さの象徴として描かれ、桃の柔らかさと瑞々しさはエリオの純粋な愛とオリヴァーに触れたいという強い願望を表している」という読みが広く共有されています。
さらにオリヴァーが桃を食べようとする行為は、エリオの感情をすべて受け止めようとする行為であり、二人の関係が単なる肉体的なつながりではなく、深い心の結びつきにあることを示しているとも解釈されているんです。
つまり、桃は「恥ずかしい部分」も含めて相手を丸ごと受け入れるかどうかの試金石だったんですよね。
ちなみにルカ・グァダニーノ監督は桃に思い入れがあり、いつか自分の庭で桃を育てるのが夢だそうで、作中ではイタリア産の桃が使われたそうです。
単なる下ネタではなく、ちゃんと監督の美学が乗っかったシーンなんだと知ると、見方もだいぶ変わりますよね。
ラストを飛ぶ一匹のハエが意味するもの
観ていて「なんでこんなところにハエが?」と気になった方、いませんか。
実はこのハエ、偶然映り込んだものではなくて、作中で複数回意図的に登場しているんです。
エリオがオリヴァーを想い自慰をするシーン、エリオがオリヴァーの水着をかぶるシーン、初めてのキス、少女を拒むシーン、そしてラストの暖炉前の5つの場面でハエが登場すると指摘されています。
解釈はいくつかあるんですが、代表的なのがこの2つ。
1つ目は、西洋で悪魔ベルゼブブを連想させるハエだが、ベルゼブブの語源である古代ギリシャ由来の豊穣神バアル・ゼブルとして、本来の神の意味を含んでいるのではないかという読み。
本作は男性愛が肯定されていた古代ギリシャ文化への憧憬に満ちているので、この解釈はかなりしっくりきます。
2つ目が成長のメタファーとしての読みで、ハエは熟した果実に寄ってくるため、ラストでエリオの肩にハエがとまるのは彼が成長し成熟したことを示しているのではないかという解釈です。
どちらの読みも魅力的ですが、個人的には両方の意味が同時に込められていると捉えたほうが本作らしいと思うんですよね。
グリーンの演出|夏の生命と冬の喪失のコントラスト
色彩設計も見逃せないポイントです。
別れの日、オリヴァーが着ていたグリーンのシャツは、二人がいた緑が生い茂る夏の色。しかしラストシーンのハヌカ祭の日には、あの夏二人を包んでいた風景は一面雪に覆われ、色なき世界に変わっているんです。
しかも驚くのは、屋内の色使いまで徹底しているということ。
屋内の映像からもグリーンは巧みに排されていて、わずかに電話機だけがグリーン。唯一電話だけがエリオとオリヴァーをつなぐ結び目だったという演出になっています。
その唯一のグリーン=電話から届く言葉が「結婚する」という訣別の知らせ──この残酷さ、一度指摘されると忘れられないですよね。
【考察③】ラスト3分半の涙とエリオの成長
ラストシーンについてもう少し踏み込んで考察していきましょう。
あの涙には、複数の感情が幾重にも折り重なっているんです。
オリヴァーはなぜ女性と結婚したのか
まず多くの観客が引っかかるのが、オリヴァーがあっさり女性と結婚する展開。
でもこれには、当時のアメリカ社会を考えると説明がつく部分があります。
オリヴァーは最後の電話のシーンで「(エリオとの関係を)うちの父親が知ったら、僕は矯正施設行きだった」と言います。
フラットな価値観の両親に育てられたエリオとは、背負っているものが全然違ったんですよね。
1980年代のアメリカでは、エイズの蔓延とともに同性愛者への差別が激しくなっていた時期。
本作が描かれるのが1983年に設定変更されたのはエイズ・パニック直前を狙ったためですが、それでもオリヴァーの世代には社会の空気が重くのしかかっていました。
彼は愛がなかったから結婚したんじゃなくて、愛を守るために別の人生を選ばざるを得なかった──そう読むと、あの電話の声の苦しげな響きにも納得がいきます。
暖炉前の長回しが映すもの|喪失・受容・成長
ラスト3分半の長回しで、エリオはただ暖炉の前に座って泣きます。
その間、カメラはほとんど動かず、背景では両親がハヌカ祭の準備をしている音だけが流れる。
冬の雪が降る中でのパーティーの準備をする両親を背にしながら、暖炉に向かって声を出さずに涙を流すエリオを映す長回しのシーンで映画は終わるという構成です。
この涙には少なくとも3つの感情が混ざっていると読めます。
1つ目はオリヴァーを失った純粋な喪失感。
2つ目は「それでもあの夏は本物だった」という記憶を抱きしめる受容の気持ち。
3つ目が、痛みを痛みとして感じきれる自分になったという成長の実感。
何度観返しても、この長回しだけは時間の流れが変わる気がするんですよね。
父パールマン教授の名言|「痛みを葬ってはいけない」の本当の意味
ラストの涙と対になっているのが、別れのあとに父がエリオにかける言葉です。
「今はただ悲しく辛いだろう。だが痛みを葬ってはいけない。お前が感じた喜びを痛みとともに葬ってはいけない。」
この言葉の真意は、失恋を美談にすることでも、前向きに切り替えろという励ましでもありません。
むしろ逆で、「痛いなら痛いままでいいから、感じたものを全部覚えておけ」というメッセージなんですよね。
劇場で観客のすすり泣きが最も聞こえたのが、エリオの父がエリオに自身の若い時分のこと、これからの生き方について語るシーンだったという証言もあります。
ちなみにこの父親を演じているのは、マイケル・スタールバーグ。
『シェイプ・オブ・ウォーター』や『ドクターストレンジ』にも出演している名脇役なんです。
派手な動きは一切ないのに、あの語りだけで観客の涙を引き出してしまうんだから、本当にすごい俳優さんですよね。
原作小説・続編『Find Me』との違い|二人の20年後
本作を観終わったあと「もっと2人のその後を知りたい」と思った方は、ぜひ原作と続編まで手を伸ばしてみてほしいんです。
映画では描かれなかった時間が、そこには流れています。
映画と原作の相違点|設定年代と心理描写の量
先ほども触れましたが、原作では1987年の設定だったものが、エイズが社会問題になる前を描くため映画では1983年に変更されています。
そしてもう一つの大きな違いが、原作の物語は映画のラストより先まで続いているということ。
原作は4部構成で、映画はそのうちの序盤から中盤までを映像化したものなんです。
原作ではエリオの一人称視点で心理描写がびっしり語られるので、映画で「これってどういう気持ちなんだろう?」と思った部分の答え合わせができる感覚があります。
続編小説『Find Me』で描かれる20年後の結末
2019年、原作者アンドレ・アシマンによる続編小説『Find Me』が発表されました。
『君の名前で僕を呼んで』の小説ラストには15年後に二人が再会するシーンがあり、『Find Me』はさらにその5年後、合計20年の歳月を主人公を変えながら描いた短編集という構成になっています。
続編のあらすじをざっくりお伝えすると──
離婚したエリオの父サミュエルが、フィレンツェからローマへ電車で向かう途中で運命的な出会いを果たし、パリへ移ったエリオにも大きな出来事が待っている一方、ニューイングランドで教授をしているオリヴァーは再びヨーロッパを訪れることを考え始める、という流れです。
そして最後には20年という長い歳月を経て、2人がようやく本当に言いたかった言葉を口にする場面にたどり着きます。
20年かかった「ひと言」があるという事実が、もうこの作品のすべてを物語っているんですよね。
映画版続編の製作状況
気になる映画版続編ですが、監督のルカ・グァダニーノも早い段階から強い意欲を見せていました。
グァダニーノはロンドン映画祭で「2020年には続編を作りたい」「リチャード・リンクレイター監督のビフォア・シリーズのようなスタイルになるでしょう」と語っていた経緯があります。
ただし2026年4月現在、公式に映画版続編の製作発表や公開日の告知は出ていません。
主演のアーミー・ハマーをめぐる状況など、製作を取り巻く環境の変化もあり、続編の行方は不透明な状態が続いています。
それでもグァダニーノ監督が『ボーンズ アンド オール』でティモシー・シャラメと再タッグを組んでいることを考えると、いつか何らかの形で2人の物語に決着がつく可能性は残っているんじゃないでしょうか。
『君の名前で僕を呼んで』に関するよくある質問(FAQ)
最後に、鑑賞直後に多くの人が抱く疑問をまとめておきますね。
Q. 桃のシーンは本当に桃を使っているの?
本当に桃を使った撮影が行われたと複数のインタビューで語られています。
ルカ・グァダニーノ監督は桃に強い思い入れを持っていて、作中で使われたのはイタリア産の桃ですが、本当は日本の白桃を使いたかったという裏話もあるほどなんです。
Q. エリオとオリヴァーの年齢差は?
エリオが17歳、オリヴァーが24歳で、年齢差は7歳です。
原作ではエリオはもう少し幼い設定の時期もあるのですが、映画ではこの年齢で統一されています。
Q. 「気持ち悪い」と言われる理由は?
大きく分けると3つの要因があります。
1つ目は桃のシーンの生理的なインパクト、2つ目は年齢差のあるカップルという設定への抵抗感、3つ目は同性愛描写そのものへの好み。
ただ、これらの反応は作品の質とは別の話なので、気になる方は「話題になった桃のシーン以外は非常に静かで美しい作品」という前提で構えずに観てみてほしいんですよね。
Q. どこで配信・視聴できる?
2026年4月現在、配信状況は時期やプラットフォームによって変動します。
過去にはNetflixなどでの配信実績があり、最新の状況は各配信サービスの検索で確認するのが確実です。
Blu-ray・DVDはカルチュア・パブリッシャーズから発売されているので、手元に置いておきたい方はソフトを購入するのも一つの手ですね。
Q. 1983年という時代設定の意味は?
これは原作者と監督の意図的な選択です。
原作では1987年の設定だったものを、エイズが社会問題になる前を描くため設定を1983年に変更したという経緯があります。
社会の重さを一時的に切り離し、純粋な初恋そのものに焦点を当てるための仕掛けだったんですよね。
まとめ|『君の名前で僕を呼んで』は何度も観返したくなる作品
ここまで『君の名前で僕を呼んで』のあらすじ・レビュー・考察を一気に駆け抜けてきました。
最後に要点を整理しておきますね。
この記事のポイントはこちら↓
- 1983年夏の北イタリアを舞台にした17歳エリオと24歳オリヴァーのひと夏の恋を描いた作品
- 第90回アカデミー賞脚色賞を受賞、Rotten Tomatoesで94%の高評価
- タイトルは「自我を溶かして一体化する愛」と「別れを予感した悲しみ」の二重の意味
- 桃・ハエ・グリーンなど無数の象徴が画面に仕込まれている
- ラストの3分半の長回しは喪失・受容・成長が重なった名シーン
- 父の名言「痛みを葬ってはいけない」が物語の核心
- 原作小説と続編『Find Me』を読むと2人の20年後までたどれる
一見すると「美しい映像の静かな恋愛映画」なんですが、画面の細部を拾い始めた瞬間に作品の深さが何倍にも広がる一本なんですよね。
1回目は空気に浸って、2回目以降は象徴を探しながら観る──そんな贅沢な楽しみ方ができる映画はそう多くありません。
もし本作が気に入ったなら、脚本のジェームズ・アイヴォリーが監督した『モーリス』(1987)や、同じグァダニーノ監督がティモシー・シャラメと再タッグした『ボーンズ アンド オール』(2022)も相性抜群。
原作と続編『Find Me』まで読めば、あのラストの涙がまた違った意味を帯びて胸に残るはずですよ♪


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